観劇以外

もはやタイトル詐欺のあなぐま(anagmaram)別館。本館→https://anagmaram.hatenablog.com/

開けて埋める

これは、とある妖怪ブログ書き魔のお話です。


金曜夜、やりたいことやらなきゃなことが大量にある中、週末にやる予定だったけど頭が仕事モードな今の方が楽かも…と思い、パスワード管理ツールの移行作業をやった。そしたらそれが思ったよりも簡単にできてなんだか嬉しくなり、興が乗った勢いで、
「ものすごく昔に書いていた古代のブログで鍵かけて放置していたやつの移行作業」という謎タスクをいきなりやりました。なぜか。
きっかけは、その古代のブログ(fc2でした)のログインIDが、ドコモのメアドだったためです。
ahamoに移行するか~という一連のあれこれで、ほんとに唐突に、その存在を思い出したんですよ。


パスワードは当たり前のように覚えていないので、再設定してログインして(というかむしろ、IDがドコモのメアドだ!って事実をよく覚えてたと思う)、懐かしすぎる管理画面に動揺して変な汗をかきながら、バックアップ用のデータをDLして、
はてなブログで新しい非公開ブログを立てて、そこにインポートして…って検索したりヘルプ見ながらやってみたんだけど、トータルで1時間もかからなかった。本当にびっくりした。。
…まじかい!こんな簡単だったんかい!!!


この古代のブログとは、わたしが大学2年の終わりから社会人のほんのはじめの頃まで書いていたやつで、
西暦でいうと何年ころなのかは年齢がわかるので書きませんけど(書かなくても当時のムーブメントと照らし合わせるとわかるひとにはわかりますけれど笑)、
なんと585記事ありました。
「…なにその数字!?」って思ったんだけど、日付を見ると、2日にいっぺんくらいの勢いで書いたりしていたようで、なるほどそれならその数になるか…と思った。あ、さすがに単なる日記なので、一記事1000字はいかない日が大半なので安心してください!笑
200記事書いてる年とかあって笑ってしまった。うける。いや怖い。うけるって。…いくらなんでも書き過ぎなのでは!!?


「ネット上での公開など当然恐ろしくてもうできない内容だけど、かといって消すには忍びない…」という気持ちのまま、どうしたらいいかわからずに鍵をかけて、もう何年も触らずにいて存在すら忘れていたやつでしたが、
思いがけなくあっさりと移行された結果、新しいけれど時の止まった、アーカイブ目的のブログとして生まれ変わることになりました。
私だけに見える場所として、ひっそりと息づいています。
いや、非公開なら移行前と状況は別におんなじなのでは?という気もしますが、普段使っているサービスの中のアクセスが容易な場所に移せたのは、やはり全然感覚が違います。
学生時代の自分が書いた文章が、はてなブログのUIで、今の自分が日々つかっているIDにぶらさがって表示されるのは…公開範囲が自分だけとわかっていても、なかなかにスリルがある状況ではありますが。笑


もはや狐につままれたような思いで見慣れない画面をスクロールするけれど、記事は問題なく、完璧に移行されている模様。あっけなさすぎて手品みたいだ。
であれば…と、次に旧ブログの削除に着手。
すると出てくる、「本当に削除しますか?二度ともとには戻せませんよ」のお知らせ。
はい、なんだかどうやら大丈夫っぽいです、と思いつつ、やっぱりちょっとドキドキしながらも、さくっと削除処理を完了。


そのあとに、恐る恐る旧ブログの鍵付き閲覧用URLを叩いてみたら、
きっちりと404エラーが返ってきた。


「お探しのURLは見つかりませんでした。30秒後にトップにリダイレクトします」と告げられた画面を見て、なんかもう、本当に筆舌に尽くしがたい気持ちになった。
消すのって本当に簡単。
何十万字のデータでも、ワンクリックだけで、一瞬で全部、こうしてこの世から消すことができるのだ。
でもとっておこうと思えば、サービスやサーバーがいきなり死んだりしない限りは、如何様にでもなんとかなってしまったりもする。
デジタルデータって、儚いのかしぶといのか、まじでよくわからない。


インターネットって、本当に面白いなぁ。。
この数時間の体験、もう「面白い」って感想しか湧いてこなかったんです。なんなんだろうこの感覚。
タイムカプセルを掘り出して、開けてひとり「ほほぉー!」と眺め、また丁寧に土の中に埋め戻した、みたいな時間でした。


ふつう、そんな昔に書いたものなんて、まずお前よく読めるよな?と思いますよね。むしろなんで取っておくんだ、今すぐ捨てろ!って言われそうな気がします。笑
でもなんか、そういう意味では平気だったんですよ。あまりにも、今の自分との隔たりが大きいからかも。もともと、書いたそばから人格と文章を切り離す感覚があるせいかもしれないんですが。

深夜にひとり、昔の自分が書いたものを読んでいたら、文章の巧拙に思うこととか懐かしさとか恥ずかしさとか、感じることは勿論いろいろあるんですが、
なんかもはや到底説明しがたい「感慨のかたまり」みたいな巨大なものが、とにかく手元に残ってしまった…ので、こうしてつい、またブログを書いてしまいました。ひとり永久機関になっている。妖怪である。


書き残すことって、その時の自分にとって必要なだけじゃなく、やっぱり「将来の自分」へのなにがしかの贈り物なのかなぁって気がしました。
別に何の役にも立たないからこそ、貴重で愛おしいことのように思える。


文章を書くのも読むのも、やっぱりわたしは一生好きなんだろうな。なんでなのかはそれもまた、一生わからないけど…。