観劇以外

もはやタイトル詐欺のあなぐま(anagmaram)別館。本館→https://anagmaram.hatenablog.com/

いちねん

ばしん、と目の前で扉が閉ざされたような、あぁ、今いっぺん心が死んだなぁ、と思った日から、あしたでちょうど一年になる。*1


一年経って、良い意味で予想に反してなのだけれど、興行がこの世に戻ってきている。それも、だいぶ当たり前の様相をして。
たくましいとか強いとか、そういう楽観的な言葉で片付けてしまうのも違うと思うので…うまく感情を言い表すことはできないけれど、
ただ「日常にごく当たり前にあるもの」として、観劇という選択肢が自分の生活にある事実が、ただただ嬉しい。
当たり前、というと言い過ぎかもしれない、その捉え方は個人差が大きい部分ではある…けれど、上演中の演目が今現在、世の中にはたくさん存在しているのだ。たとえば半年前と比較しても、驚くくらいにたくさん。
タイムラインに、自分が観る予定のないものであっても、複数の舞台作品の感想が賑やかに並んでいる様子だけで、本当に心が浮き立つように嬉しい。


たぶん、興行が強いられたあの受難の季節の出来事は、もう世間からは、ほぼ忘れられている。
一年前にエンタメを目の敵のように叩いた人たちは、自分たちがなにをどう発言したかも、もうなにも覚えていないのだと思う。
その程度の、って言ったらあれだけど、本当にその程度の。それくらいに関わりのない「遠く」から、得体の知れないものへの不安とストレスの捌け口として、エンタメは総体として、一方的に殴られていたんだと思う。

わたしはそのことをたぶんずっと忘れられないし、そしてそれとは関係なく、ただ舞台が観られる時間を、愛しくて幸せに思う。

ウイルスに対して、どういった対策が有効でどんな行動を避けたほうが良いか、ということが具体的に明らかになっただけでも、一年前とは大違いだ。
それでも、本質的にはやはりなにも変わっていない。観客側のリスクについてはとるべき対策がすっかり確立されてきていて、劇場に出かけて帰ってくる範囲内であれば正直ほぼ見あたる不安もない。
でも、舞台上に立つ演者側が背負っているリスクは、なにも変わらない。
遠隔地へ赴くことを取りやめていたり、家庭や仕事の事情によって、思うように劇場に足を運べずにいる人もたくさんいる。
主催や興行に携わる立場の人が、経済的に苦境に追いやられていることもきっと変わってはいない。
だから手放しで喜べることなど、本当はなに一つない。

それなのに、それでも。「幕が上がる」という事実を、どうしようもなく幸せなものに感じてしまう。それだけがどうしても変えられない。嬉しいのだ。


視界にずっと一枚の薄いもやが掛かったような、果てしなくぼんやりとして、生気をどこかに置いてきたように過ごした一年前の春。
まだ総括出来たりはしない。結論も出せない。
だから、一年先の未来である「今」から、一年前の時間を、ただ、思う。

*1:1年前の4月8日に、ミュージカル「エリザベート」の2020年全公演中止の発表があった。